MORISAMA

ライタ~ 書きモノおまかせあれぇぇ

ネイルってすげーな

ネイルって、無駄じゃん。

全身のうちの数パーセントの面積しかない角質に色を塗って。

 

「男はネイルなんて見てない」って記事をよく見かけるけど、それなら女同士の女子力バトルのアイテムなのだとすると、私はそんなコロシアムに登りたくもない。そして結局、「他人がどうこうじゃなくて、自分の満足のためにやってる」って言い出すじゃん。爪に色塗りすると、心が満たされるわけ?

 

まだ、「ポリッシュ」という昔ながらのネイルならわかる。塗ってからめっちゃ時間たたないと乾かないやつ。不便だけど、最低限100円均一でも売ってて経済的。イヤになったら除光液ですぐ取れる。

 

けど、今ネイルの主流は「ジェルネイル」。ネイルサロンで塗ってもらって、謎の機械に手を突っ込んで、その場でガチガチに固まるやつ。小学生のときに流行った「ぷっくりシール」を彷彿とさせるし、なんか鼻につく。でも、現状ネイルサロンでは私の好きなポリッシュはメニューのめっちゃ下のほうにあって、肩身を狭そうにしている。

 

ジェルの料金の相場は両手で8000円ほど。ポリッシュと違って取れるのをさほど気にせず生活できるけど、自分で自由に取れないから、1ヶ月くらいしたらまたサロンに行って金かけて取ってもらわなきゃいけない。

無駄じゃん、無駄の極みじゃん。それ、無駄遣いっていうんだよ。

 

とある、着飾る必要のある用事があって、とりあえず何かしとこうと思って、ネイルサロンに行った。

 

「なんか、かっこいいかんじにしたいです」

真剣に私の角質にのめり込む、ネイリストのお姉さん。まず片手に処置を施してもらい、確認する。

 

か、かっこいい……

 

私はあろうことか、自分の爪に釘付けになってしまった。文明発達の産物を初めて見るサルのように、さまざまさ角度からじっくり見てしまう。うっとり、ぼんやり、上の空。

 

そして、ジェルはポリッシュと違って少しぷっくりしてて、めちゃくちゃツヤツヤで、乱暴に扱っても跡とか付かない。(笑) その、「外界に負けない」感も、よい。

 

ネイルが完成して、店を出た私は爪に見惚れながら歩いた。歩きスマホならぬ、歩きネイルだ。腹ぺこだったので、カフェに入った。メニューを手に取る、私の指先綺麗だわぁ〜!コップを持つ、私の指先綺麗だわぁ〜!!

 

サロンに行く前と後の私では、爪先ひとつしか違わないのに、急に、めちゃくちゃかっこいい人になった気がしてしまう。爪からほとばしるエネルギーがすごい。

 

これは…すごい。ジェルネイルの魔力、すごい。

 

https://youtu.be/DFTt97An0Tw

DJ社長は「好きなことをして生きて」ない?

ちょっと鮮度の古いネタなんですけど。

DJ社長をご存知ない方は、これでサクッと分かるはず

http://kozy2525.hatenablog.com/entry/2018/02/16/150000

 

本題です。

幼い頃から、どの病院も対応できない不治の病を持っているというDJ社長。

f:id:ich345:20190204130849j:image

私も同じ病をずっと抱えているので、DJ社長のこの動画を見て、単純にも感化された。

https://www.youtube.com/watch?v=PPnbEiXSYM8

そう、私も「好きなことをして生きていきたい」。

 

バカみたいな動画をあげ、女卑の甚だしい歌をつくり、お酒を浴びてウェイウェイ豪遊している印象を受ける「レペゼン地球」。

 

しかし、実は数千万円の借金を背負ったことから、数々の艱難辛苦を越えてきた (恐らく現在進行形) 苦労人であり、そのための奇行でもあるのだと分かると、途端に彼らを見る目が変わる。

 

https://m.youtube.com/watch?feature=youtu.be&v=PPnbEiXSYM8

↑この動画に彼の人生が詰まっているのだが、

・無事社長になりバーを数店舗経営するも、事業が軌道に乗ったときに詐欺師に騙され無一文になる

・自分ひとりが貧乏だったときとは違い、従業員を抱えているので給料を払わないといけない

・毎日、借金の返済で鳴り止まない電話

・電気ガス水道の止まった暗い部屋で過ごす

・家賃も払えなくなり、ホームレス化。友人の家を転々とする

・借金を返すために借金をする

・その弱みにつけこんでまた詐欺師が湧いて来る

など、生々しい「借金地獄」の様子を軽快に語る。

 

この時とても印象的なのが、

f:id:ich345:20190204221935j:image

と思って社長業に就いた彼が、社長を

務めることで

f:id:ich345:20190204221244j:image

f:id:ich345:20190204221958j:image

f:id:ich345:20190204222002j:image

f:id:ich345:20190204222006j:image

このように、社長としての責任を果たすために、頭を下げまくっていたという。かつて、ただの悪ガキだった彼は、もういない。

 

莫大な借金の返済に奮闘するも、なかなかうまくいかない中で、ある出来事を通して

・影響力はお金になる

・影響力は知名度をあげると高められる

 

ということに気づき、

・何かお金を作り出すスキルがないかと考えたところ、「たまたま昔DJしていたから」活動を始めた

・とにかく知名度をあげるために、クラブのオーガナイザーにアポしまくってイベントに出してもらう

・曲をほとんど流さずひたすらマイクパフォーマンスをする

・やっと曲を流したと思ったら「ちびまるこちゃん」

・呼ばれれば全国各地のイベントに足を運ぶが、お金がないため移動は主にヒッチハイクや格安夜行バス、寝泊まりはクラブや路上

という生活を送ったという。

 

クラブでそうした奇行をすることで、もちろん関係者にはキレられ、周囲からバカにされ、めちゃくちゃ叩かれたという。けれど、彼はそんなことを言っている場合ではない。「ちびまるこちゃん流してたあのクソDJ誰だよ」、と人に知られることが目的だったから。

 

今のレペゼン地球の曲群を聞いてみると、素敵な曲もしっかり作っていて、決してカッコいい音楽を知らないわけではなさそうだ。なのに、カッコよくありたいというプライドを捨てて、奇をてらうことに徹した彼には頭が上がらない。

 

f:id:ich345:20190204131131j:image

f:id:ich345:20190204131135j:image

f:id:ich345:20190204131140j:image

好きなことをして生きよう、と最後に呼びかける彼だが、ここまで見てみると

「好きなことして生きられてないじゃんw」という感想に行き着く。

 

実際、検索をしてみると、この動画に対して「DJ社長は好きなことをして生きられていない」といった記事やコメントが散見された。

 

私も、「なんだー、結局好きなことして生きられてないじゃん」と思ったが、彼があんなにも生き生きしているのは何故だろう。

 

もしかしたら、私たちが思う「DJ社長の好きなこと」と、彼自身が考えている「好きなこと」は、違うことなのではないだろうか。

 

そもそも、彼は何になりたかったのかを振り返ると、「お金持ちになりたい、遅刻して上司に怒られたり人に使われるのが嫌だから、社長になりたい」ということである。

f:id:ich345:20190204131622j:image

f:id:ich345:20190204131627j:image

f:id:ich345:20190204131632j:image

f:id:ich345:20190204131637j:image

f:id:ich345:20190204131641j:image

f:id:ich345:20190204131648j:image

f:id:ich345:20190204131653j:image

f:id:ich345:20190204131658j:image

f:id:ich345:20190204131707j:image

現在の彼は、いくら借金があろうが、大好きではないDJをしていようが、自己プロデュースをして、組織や上司には縛られない生活をしている。

 

お金持ちになりたい卍という願いは現時点では叶えられていないものの、彼の「社長になりたい」という思いの根底にある「人に使われたくない」という生理的な願いを、どんな形であれしっかり実現している。

 

もしかしたら、彼にとって、莫大な借金を背負って貧困生活を送るよりも、会社の歯車になって上司にへこへこし、毎日同じ時刻に出勤するほうが、つらいのではないだろうか。

 

だから、DJ社長は立派に、「好きなことをして生きている」と思う。

 

#レペゼン地球

 

アルバムとっとく意味ってあるの?

部屋の掃除をしていた。

どっさり出てくる昔の勉強ノートや、写真のアルバム。

「懐かしいな〜こんなに頑張ってたんだな〜」って、

なんとなく、捨ててはいけない気がして、残してしまう。

けれど実際問題、役に立つものでもないし、かさばって、「これさえなければ物が収まるのに」と疎ましくも思う。

昔の写真とかって、「ふとした時に見て昔を懐かしむと良いものだ」ってかんじで取っておいてしまうけど、そもそも、人は「懐かしむ」必要があるのだろうか?

 

写真のアルバムは、テレビと同じように、とくに見たいわけでもないけどついダラダラと見てしまう、娯楽のカテゴリーに分類される気がする。

心理的に、過去を振り返っていい効果があるなら取っておくけれど。

 

 

懐かしいものを、ブログとか、インスタとか、インターネットやデータ上に保管するのは、かさばらないから良いと思う。

でも、実物のアルバムというのはいつだって邪魔者で、時間食い虫だ。大抵、大掃除したときに手を止める悪者だ。

 

わたしは、出力したものとか、紙の本とかは、いつか災害とかで無くなってしまうものなんじゃないかと恐れている。だからどんな資料もスキャンして取っておくし、学生時代の卒業アルバムや交換ノート、プリクラ帳は、業者に依頼してPDFデータにしてもらい、実物は捨てた。(4万かかった。けど、いい買い物だった。)

 

「懐かしい」と感じるものを捨てることができたら、だいぶ人生変わりそうなんだけどな〜。

ミニマリストの人たちは、どういうふうにしているんだろう。

忘れられないクラブ

音箱好きは、旅行に行ったら、とりあえず現地でクラブを探してみる人が多いと思う。

 

グッとくる渋い四つ打ちを流しているクラブを自力で見つけられたら、嬉しいものだ。

 

例に漏れずわたしもそのタイプで、名古屋では、地元のテクノファンも認める「MAGO」http://club-mago.co.jp、卒業旅行として行ったドイツ・フライブルクではテクノオンリーで大盛況の「Drifters」というクラブを見事見つけ出して、(※インターネットの力)満足した。

https://www.instagram.com/p/rehIHolyPl/?utm_source=ig_share_sheet&igshid=j4kkyqv45t3t

ところでこの「Drifters」、日本的に考えると「8時だョ!全員集合」感があるし、フライブルクってどこ?ど田舎のクラブってどうなん?(笑)と感じてしまうところだが、やっぱりドイツは凄かった。まったくの無名なDJたちなのに、すべての演者が、盛り下げることなく、客をガンガンに踊らせていた。

 

で、最近の話。

北海道旅行をしたときのこと。いくら「テクノ クラブ 札幌」なんて検索しても、まったく出てこなかった。テクノって打つと「テクノ●●札幌支店」なんていう何かの会社たちが検索結果をめちゃめちゃ邪魔してくるし、上位に出てくるのはやはり大箱ばかり。チャラいパーティーフォトを見ると、音楽の場の皮を被ったナンパ箱のようだった。

 

そのなかで、パーティーフォトがまったく出てこない「Precious Hall」の渋いホームページを見て、いい音楽の匂いがプンプンするぞ!と思った。(何様だ)

 

寒空の中そのクラブを探すが、いっこうに見つからない。しかし、地図ではここにあるはずだ。もしかして、目の前の重厚なビルの中にあるのだろうか?

 

看板には、他のフロアの店名は書いてあるが、あるはずの地下にはなにも書いていない。

すると、ビルに入っている店はすべて閉店しているというのに、キャップをかぶったお兄さんが一人で螺旋階段を下って行った。

 

下にあるんじゃね?!

と、お兄さんをそっと追って行くと、階段の下に続く重そうなドアを開けて、中に吸い込まれていった。

 

看板も出さずにビルの地下に店を構えるなんて、ハプニングバーかよっ。

 

と思ったが、意を決してその重いドアを開いて覗いてみると、やはりそこがPrecious Hallだった。

その時に流れていた音楽は、四つ打ちではなくジャズじみたアンビエント風な音だったので、また違う機会に行こう、ということにした。

 

地下にひっそりと佇み、看板を出さず、生粋の音好きが集まる…。「一見さんお断りです」感さえ感じたそのクラブ、私はちゃんと入ってさえいないのに、すっかり虜になってしまった。また札幌に行けたら、入ってみたい。

 

http://www.precioushall.com/schedule/

 

ボヘミアン・ラプソティなめてた

ネタ、バレバレです。

 

なんか話題になってるこの映画。

http://www.foxmovies-jp.com/bohemianrhapsody/

 

ボヘミアン・ラプソティ」は、なんとなく耳に入ってくるなーとは思っていたけれど、ノーマークだった。

それは、心のどこかで「QUEEN興味ねえ!過去の産物でしょ?」という思いがあったからかも知れない。

 

自分の、QUEENに対するイメージは…

「海外のオープンマイクのバー(カラオケ的な)でとりあえず選曲される、みんなが知ってて無難な曲」

だった。

 

自分がバンドのドラムとして初めて人前に立ったとき(と言っても社内の人だけを集めた飲み会ライブ笑)、We Will Rock Youをやった。理由は、「ドラム初心者でも叩きやすく、みんな知ってる曲」なんていうことだった気がする。当時の自分にとって、We Will Rock Youはまさに「過去の産物」だったし、「おじさんの曲」で、「技巧のいらない単純な曲」だった。ドンドンパだけのリズムを、ドヤ顔で叩くのは楽しかったけれど。

 

友人に誘われたので、観てみた。正直、QUEENが題材の映画ってことも知らなかった。主題歌がQUEENなのかな?程度。どんだけ世間に疎いんだ。

 

冒頭、QUEENが大歓声のなかステージに上がるシーンで、嫌な予感がした。

 

「やば!これ、バンドの栄枯盛衰物語じゃない?」

 

自分は、「音楽系・夢追い人」のストーリーにめちゃくちゃ弱いのだ。

音楽雑誌編集者の物語「モテキ」然り、売れないピアニストと自称女優の成り上がり物語「ラ・ラ・ランド」然り、少しでも音楽絡みで「大きな夢がある私…でも、周りからは理解されずに孤独な私…」感のある映画は、もうその空気感だけで号泣してしまう。自分も抱えている「今の私は、本当の私じゃない。私の理想はもっと別の形で、ビッグな夢がある」というフラストレーションをドンピシャになぞってくるからだ。特に、この「今の私は本当の私じゃない」「もっとビッグになってやる」という気持ちは、同じ夢追い人のなかでも、アーティストや起業家より、ミュージシャンが強く持つ傾向にある、気がする。

そんなわけで(?)、早くも冒頭の演奏シーンから「夢を叶えて羨ましいな〜」という思いで大号泣、終始涙の止まらない映画観賞になった。

 

自分の名前を改名してまで、過去の自分と決別しようとしていたフレディ・マーキュリー。学生時代に何度もメールアドレスを変更したり、今もわざわざ複数のライター名を使って、それでもって本名を出すのは嫌な自分と重なる気がした。

 

何も成し遂げてない自分が「フレディ・マーキュリーに共感するわ〜」なんて、めちゃくちゃおこがましいことだが、映画中では、彼らが「自分たちの音楽を聴いて、『これは私の音楽だ』と思ってほしい」と言っていたのが印象的で、自分はこの映画を見て「これは紛れもなく自分の映画だ」と思ったし、彼らのそういう人を巻き込むところにまんまとはまるという反応は、正解だったんじゃないかな。

 

それにしても、QUEEN結成から大ブームまでの道のりがトントン拍子すぎて、「やっぱり才能のある人はすぐに見出されるんだ……」と落ち込む。すべての夢追いミュージシャンの心に、グサッと刺さるんじゃないだろうか。

 

そして、自分が過去に「ドラムがクソ簡単」ということで演奏したWe Will Rock You。あれも「観客がコーラスしてくれたり手拍子してくれたり、一緒にコンサートを作り上げるのがとても楽しい」という体験をもとに、観客も演奏の一部になるような曲にしようというアイデアで生まれた曲だったことを知った。(映画内だけの演出かも知れないけど)

 

そんな情熱から生まれた曲を、自分は「太鼓の達人で難易度MAXでもできそうな曲」だと思っていたことを悔やんだ。

 

でも、熱狂的でないコンサート、例えば自分がやった社内ライブでは、観客が座りながらお情けで太ももをパンパン叩き+手拍子が関の山。自分もそんな程度の認識だった。でも、これは違うんだ。立って、思い切り片足ずつ地面を踏みしめて音を鳴らして、体全体で演奏するんだ、って思った。

 

色んな「カッコイイ」ものにめっちゃくちゃ影響されやすい単純な自分は、映画を見た後、必ず「自分も映画監督になりたいなー!」と思う。ミュージシャンにはそれぞれ、個性の強い色々なドラマがあるはずだ。すべてのミュージシャンの色んなドラマを作ってみたい。

 

ものすごく、Aviciiの映画が見たくなった。Aviciiは生前にもドキュメンタリー映画を撮られていたけど、亡くなって世界中の人が「Aviciiロス」を引き起こしたのち、落ち着いてきてしまった今、ボヘミアン・ラプソティのように、ストーリー仕立てにしたものが観たいなー。もう、撮ってる最中なのかな?

 

そして、音楽への向き合い方も、反省した。わたしは正直、音楽を、ミュージシャンを、ナメていたのかも知れない。

 

っていうエモくて小っ恥ずかしい文を書かせるほど、ボヘミアン・ラプソティは良かった。

再会

学生時代に、誰かがつくったmixをYouTubeで聴きまくっていた。

 

Shazamをやる知恵も無かった当時、名前も知らずに聞いていた曲に、Spotifyで数年ぶりに再会した。

 

耳が覚えてて、耳の懐かしいところが爆発しそう。

 

それでもって、曲名が「ザルツブルク」だったことも、すごく縁を感じた。私ドイツかぶれだから。

(ザルツブルクオーストリアらしーけど、この発音と表記はドイツ語)

https://open.spotify.com/track/2uTPHrN8zqYnHUb6Wuz1FC?si=0KJr_uBOQimO5qHxmyjzMg

なぜクラブミュージックは無駄に細分化されてるの?

 

 

 

テックハウスと位置付けられるMaceo Plexを好きになってはや数年…

 

ボーッとSpotifyを聴き流していたら、久々に「なんだこれは?!」という衝撃が走った。

 

https://open.spotify.com/track/4Gw7StvF3mV9qtmHdFcSzu?si=FNco6rtrRqeC5n5cRtNLTw

 

なーにこれ、ハウス?

 

音箱好きの人たちは、何かと細かいジャンル分けをしたがる。

テクノ、デトロイトテクノ、ミニマル、ハウス、テックハウス、トロピカルハウス、ディープハウス、うんぱか、ぱんぱか…

「新しい用語を作ったらカッコいい」風潮のあるファッション業界とおんなじなのかと思ってた。とっくり→オフタートルネック(合ってる?)とか、ズボン→パンツ、みたいなね。あと、ジャンルたくさん知ってツウっぽく見られたいのかな、とか。

でも、最近はそうじゃないなって感じている。自分が好きな音楽を言い表すのに、「あぁーざっくりダンスミュージックね!」とカテゴライズされると、しっくりこないのだ。

ダンスミュージックのなかでも、あの音楽は嫌いだし、そうじゃなくて、もっとメロディが入ってて、ちょっと歌も入ってて、南国っぽい…そう!これ!トロピカルハウス!みたいな。好きな音に名前が付いてると、自分が言いたいことがぴったり言い表せる。

 

この現象って、近年のLGBTの世界と似てるんじゃないかなと思う。

かつては、オカマとおなべ、なんて言われていたけど、その二分にカテゴライズされていた人たちは、「いや、体も心も女だけど好きなのも女だし…」「体は男だけど心はどちらでもないし…」としっくりこない経験をしていると思う。それで、今やトランスジェンダーとかバイセクシャルとか小さなカテゴライズに名前がついてくれたおかげで、「そう!それそれ!」とモヤモヤが晴れる、みたいな。

だから、ダンスミュージックのジャンルがめちゃくちゃ細分化されるのは良いことだと思う。自分が聞きたい音を、ピンポイントでチェックしやすい。

 

そして、わたしが最近見つけた衝撃の曲、これのジャンルは何なのでしょうか?

 

https://open.spotify.com/track/4Gw7StvF3mV9qtmHdFcSzu?si=FNco6rtrRqeC5n5cRtNLTw

 

ジェフ・ミルズ出演〈MUTEK〉イベントレポート

www.barks.jp

ジェフ・ミルズの来日に飛びつきました

 

www.youtube.com

べるず いいよね〜

(今回は無かったけどね)

 

ところで、カタカナばっかりだと

「ジェフ・ベルズのミルズだっけ?あれ?」ってなりませんか?なりませんか。

 

www.youtube.com

オーケストラバージョンも異常な良さだよね

 

ミーハーな初心者が撮りがちな写真

f:id:ich345:20181208230427j:plain

でも、「PRESS」の札がわたしに自信をくれるんだよ

 

リッチー・ホウティン イベントレポート

www.barks.jp

 

日本人がつけがちな「●●王子」っていう表現がとても嫌いだけど、

リッチー・ホウティンはテクノの王子と言わざるをえなかった話。